甘利明と「政治家の矜持」

甘利明と「政治家の矜持」

「矜持」という言葉がある。

意味を辞書で調べると、「自信」「誇り」「プライド」とある。

週刊文春の記事が発端で、現金授受問題で騒ぎとなった甘利明が、経済再生担当相を辞任した。

甘利明は辞任を表明した記者会見で、

「秘書の監督責任と、政治家としての矜持に鑑み、閣僚の職を辞する」と語った。

更に、

「たとえ私自身は知らなかったとはいえ、(秘書に)責任転換できない。政治家としての美学、生き様に反する」

とも語った。

なんとも潔く格好のよいセリフである。

だがしかし、政治家の矜持に鑑み、己が責任を取らねば「政治家の美学、生き様に反する」と、そこまで言うのなら、議員を辞職してこそ、そのセリフが本物であるといえるのではないか。

甘利明は、潔く議員を辞職するべきである。

また、「安倍首相の任命責任」ばかりを問いたがる民主党や野党は恥を知れ!

問うべきは、首相の任命責任ではなく、先ずは甘利明の議員辞職である。

なぜ野党は議員辞職を問えないのか?明日は我が身と成り兼ねぬ「政治とカネ」の問題だからではないのか?
「安倍首相の任命責任」ばかりを問いたがるのは、国民を蔑ろにした党利党略しか頭にないことの証左ではないか。

閣僚を辞任したところで、毎月129万円もの歳費と第二の報酬と揶揄されてきた文書通信交通滞在費100万円、期末手当635万円、が貰えることには変わりない。閣僚を辞めたからといって問題議員に何のペナルティーがあるというのか?

閣僚の辞職や失政の度にペナルティーを負うのは、全て国民ではないか。

一般企業で働く者たちは、不祥事を起こせば減給、左遷、解雇が当たり前である。長年従事してきた職業に、己と家族の生活と運命が係っているのである。生きるか死ぬか家族の命運が係っているといっても過言ではない。

国民の生命と財産を担っているのが国会議員であるならば、生きるか死ぬか国民の命運が係っているのが国会議員ではないか。そのような職責ゆえに、選挙の際は「国民の皆様のために命を懸けて頑張ります!」とか、「政治生命を掛けて戦います!」と意気込みを語るではないか。


甘利明に限った話ではなく、これまでも多くの閣僚が「政治とカネ」の問題を問われ辞任してきた。しかし議員は辞職せずに、今も尚、のうのうと国会に在籍している者が何人もいる。何度も繰り返されてきたことである。


私が言いたいのは、議員を辞職しないなら、閣僚という重責を途中で投げ出すなと言うことだ。議員を辞めるほどの問題ではないと思っているなら閣僚を辞めるな!ということだ。

逆に、閣僚を辞めなければならないほどの問題を起こしたと思っているなら議員を辞めろ!ということだ。

甘利明は、日本の経済再生を担う中心人物ではないか。TPP交渉を担ってきた大切な重責を任されていたのだろう。

甘利明が、本気で国の事を考え、議員を辞める必要はないと思っているのであれば、「今後、歳費は要らないから、任期が尽きるまで経済再生相をやらせてくれ、最後までTPP交渉を命がけでやる!」というべきであった。

それが言えない疚しさや不正があり、政権に支障を来たす恐れを感じているのであるならば、閣僚だけでなく議員を辞めろということだ。

それくらい政治生命と命を掛けて、国民の行く末を担っているという気骨を持ってこそ、政治家は「政治家の矜持」を語れるのではないか。すべての国会議員にそういう気持ちと、失敗をしたときは腹を切る覚悟を持ってほしいという事だ。そのような気骨と覚悟を持っていれば、そう易々と悪さなどできないだろう。

国の行く末、国民の生活が係っているのだ。自分の失政により、国民が苦しむことになり、今日もどこかで幼い子供たちを道連れに一家心中をしている家族がいるかもしれない。そんなことを考えたら、政治にまつわる話し合いをするのに、その都度高級料亭で飯を食おうなどという気持ちにはならない筈である。

国会では、雇用の問題や、高齢化社会に伴う介護職の人手不足や低賃金が切実な問題と成っている、と議員たちはいう。だが、議員の歳費をカットして、少しでも不足している予算に充当しようとなぜ誰も言わないのか?東日本大震災の直後はカットしていたではないか?何故18万人も未だ避難生活を余儀なくされている被災者を前にして、歳費を元に戻したのか?なぜ国民のために先ず己が身を削って少しでも貢献しようという事をしないのか?

逆にもっと歳費を上げればよい政治をやってくれるのか?歳費が少ないから悪さをするのか?
ならば高級料理を食い、高級な衣服に身を纏い、高級車に乗るのも構わない。それに見合う仕事をしてくれればいいよ。そしたら多少の悪さも目を瞑るよ。でも、今の政治家は食い逃げヤリ逃げのレベルである。

確かに「身を切る」をスローガンに掲げていた政党もいたが、党がバラバラになってしまい、違う意味で身を切る結果となってしまったではないか。

今の政治家が、役職を解かれた程度で責任を取ったと軽々しく「政治家の矜持」などと語るべきではない。国民の血税を食い物にした、飛んだ茶番劇である。

政治の不祥事は、政治家の倫理を厳しく問う法律を作らない全ての政治家の連帯責任である。閣僚が辞任しなけらばならない不祥事や議員が辞職しなければならない事件が起きたら、国民の全てに迷惑が掛かるのだから、それこそ議員全員の報酬をカットすればいい。それを議員辞職に伴う補選や解散総選挙の資金に回せるではないか。選出した国民が馬鹿を見るのは道理だが、国民ばかりに責任を課すことはなかろう。

ところで、間抜けな民主党が今年夏の参院選に向け作製した新しいポスターに「民主党は嫌いだけど、民主主義は守りたい」というキャッチフレーズを入れたことで、元AKB48前田敦子の名言「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」のパクリではないかと話題になっている。




挙句の果て、民主党内からも自虐的だと批判に晒されているというが、馬鹿としか言いようがない。

正しいパクリ方は、「甘利明のことは嫌いでも、安倍政権のことは嫌いにならないでください!」である。




自民党に代われる政党は今のところ無い。

毎週水曜日、新橋の演説会で二十代の松田弁士が、今の国会議員は必要ない人ばかりだ!と叫ぶのも無理ないな。

これが若者の声である。

18歳に選挙権?政治家はどの面下げて言っているんだ。



 

民主党・小見山議員の馬鹿さ加減

民主党・小見山議員の馬鹿さ加減

民主党の小見山幸治参院議員の資金管理団体「未来改革幸山会」が、昨年3月にスポーツクラブ会費の名目で、トレーニングジムの「ライザップ」に75万円を支出していたことが、岐阜県選挙管理委員会が公表した政治資金収支報告書で分かった。

小見山議員の事務所によると、支出は小見山自身のスポーツクラブ利用料で、「ライザップの肉体改造がどのようなものか体験して見識を高め、スポーツ振興に役立つのか確かめるためだった。政治活動の一環で、支出に問題はないと認識している」と説明しているという。

どうして、こうも次から次へと馬鹿な議員が現れるのだろう。

ライザップは派手な広告宣伝で知られているマンツーマンの高額な集中トレーニングジムである。食事を管理され、指導者が付き、そつなく集中トレーニングを続ければ、身体に変化が現れるのは当然だ。

個人でトレーニングしても、思うように成果が得られないのは、自分に甘えて直ぐ怠けたり酒を飲んだり甘いものを食べ過ぎたり、なかなか続かないからである。只、それだけのことである。

ライザップと健康が結びつく合理的な根拠があるとしても、ライザップは高額であるがゆえ、庶民にはとても通うことのできない高額スポーツジムである。

そのライザップに政治活動の一環と称して政治資金75万円を支出し、高級なトレーニングサービスを受けたところで、国民の健康とスポーツ振興に、何をどのように役立てるというのか?

健康診断でメタボと判断された国民一人一人が、ライザップに通えるよう国会に予算提案でもするつもりなのか?

また、ライザップのノウハウを取り入れた公共施設をつくるとでもいうのか?

いったい何を考えてものを言っているのか馬鹿も休み休み言ってくれ。

例え法的にセーフであっても、極めて国民の感覚と乖離したグレーな支出であると言わざるを得ない。

政治活動の一環としてライザップに通うことが許されるのなら、日本の産業技術を確認するためだとか、国の経済と国民の生活をサポートする最新技術の調査研究だとか言って、国産の高級車や家電製品が新発売されるたびに購入することも可能であるし、女性の雇用問題を調査するとか、治安を守るために風俗店の営業実態を調査するとか、人権問題に取り組むだとか、少子化問題のメカニズムを調べるとか言って、ソープランドに通うことも可能ではないか。

小見山議員の理屈では、エステサロンや美容外科クリニックに通うことも可能である。

こんなレベルの低い言い訳を、国会議員の癖に平然と述べて、小見山議員は恥ずかしくないのかね。

恥ずかしいと思わないどころか、本気で国民の為を思ってライザップに通い、スポーツ振興に役立つのか確認していたというのなら、そんなことはもうやめて、一刻も早く国民のために議員を辞職したほうがいい。

国民意識と乖離した無能な議員に、これ以上、無駄飯を喰わせるほど、国民の懐に余裕はないのである。

どうせ女の気を引きたくて、自分の裸に磨きをかけに行ったのだろうが。

スポーツ指導有資格者として申し上げるが、本気でスポーツ振興に役立つ方法を調べている人は、高額な短期集中トレーニングは選ばない。健康に務めるならば負担が少なく継続的にできる自分に合った運動を見つけ、習慣づけることが大切だ。

だいたい本気で国の政治を考えている人は、高級スポーツジムに通う暇も、お金の余裕も無いんだよ。

これが消費者担当の河野太郎大臣で、「たった二ヶ月でこのカラダ」というライザップの宣伝が、誇大広告かどうかの真偽を身を持って確認していた、というならまだましな言い訳だったかもね。

有害無益

有害無益

「有害無益」とは読んで字の如く、有害であり無益であること。得るものがなく、単に失うものばかりであるということだ。

昨日24日、新国立競技場の白紙撤回を巡り検証を行ってきた文部科学省の検証委員会の柏木昇委員長(東大名誉教授)が都内で報告を行い、大会組織委員会の森喜朗会長らがメンバーだった「国立競技場将来構想有識者会議」について、その存在を「有害無益」だったと切り捨てた。

各界の重鎮がメンバーであるがゆえ、顔色を窺い、意見など申し上げられる雰囲気ではなかったということだ。

有識者会議をそのような機能不全の面持ちにしたのは、間違いなく森義朗会長の存在だ。

それでも検証委員会は森義朗会長には聞き取り調査すらしていない。理由はやっても無駄だからと判断したからだ。そういう別格な様相を帯びていたに違いない。

売名行為のパフォーマンスどころか、とんだ国益を損ねた有識者会議である。

検証委員会の柏木昇委員長は、「国家プロジェクトに求められる組織体制を整備できなかった」として、事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)の河野一郎理事長や、監督する文科省の下村博文文科相と事務方トップの事務次官に責任があったと言及した。

この給料泥棒が!と思っていたら、下村文科相と山中伸一前文科事務次官、河野理事長の3人は給与の自主返納をするという。

今更そんなことをしても、報酬カットの穴埋めは別のところでいくらでも出来るだろうから、これまた無駄なパフォーマンスに過ぎないだろう。

これで問題の幕引きとは行かないのは当然だ。業者の言い値で事業を進め、莫大な利鞘に肖ろうとしていたのは誰か、その構図をあぶり出さなければ国民の怒りは治まらない。


国民にとって有害無益な組織でも、特定の者にとっては漁夫之利を得る大切な組織であったに違いない。

武藤議員の資質と感性

武藤議員の資質と感性


相変わらず議員の体たらくが止まるところを知らず、腹立たしいニュースばかりである。

未公開株をめぐる金銭トラブルが報じられ、少年買春疑惑まで週刊誌で取り沙汰されている渦中の武藤貴也衆院議員が、今度は、平成24年の衆院選で選挙スタッフとして雇用した男性から未払いの報酬を請求する訴訟を起こされ、武藤議員が約30万円を支払うことで昨年に和解していたことが報じられている。

報道によると、武藤議員は24年12月公示の衆院選に向け、11月に男性を選挙スタッフとして雇用した際、約2カ月で100万円の報酬を支払うとする約束をしたいも拘らず、実際に支払われたのは60万円だけだったことから、男性が残る40万円の支払いを訴訟を起こし請求したというものだという。

 武藤議員の言い分は、男性との間で合意した報酬額は100万円ではなく、月額30万円だったため計60万円を支払ったと主張していたが、その後、武藤氏が約30万円を支払うことで和解が成立したという。

武藤議員の秘書は嘗て自民党の重鎮であった久間先生の秘書務めた宮崎氏だという。自民党は経験豊富な年長者が沢山いながら議員の選出、若手議員の監督を怠っては駄目だ。


既に武藤議員は自民党を離党したけれど、自民党の後ろ盾で当選したのだから、問題を起した議員の自己責任では済まされぬ。こんな武藤議員のような尻の軽い議員は、早急に議員辞職させないと、東京五輪の建設費、エンブレム問題のように、やがて大切な政策の進行をも妨げる結果となるだろう。

自民党は数で勝るからと言って胡坐をかいて高を括っていては、問題も塵も積もれば山と成るで、またまた世間に大きなしっぺ返しを食らわされることになるだろう。身内の監督もプライベートに至るまで行わなければならない。国会議員とは、そういう職責にあるのだから仕方がない。

だいたい未公開株の問題は、「値上がり確実な新規公開株を国会議員枠で買える」といって金を集め、実際には株を購入していなかったことが問題になっており、当紙が過去に糾弾してきた未公開株事件を例に照らし合せれば、「この詐欺師ヤロウ!」と書かれてもしかたない内容である。被害者が刑事告訴するかしないかだけで、白にでも黒にでもなる話だよ。

それに、金で男と一夜も二夜も共にした疑惑も、会話やラインのやり取りという極めて信憑性の高い証拠が示されている。

事実と異なるというならば何故、週刊誌と証言している男性を名誉棄損で即座に訴えないのか?

武藤議員も本当に報道が事実無根であるというなら、早く身の潔白を証明しないとデザインパクリ疑惑の渦中にある佐野研二郎氏の身の前だ。潰れるまで世論に重箱の隅を突かれ続けることになるだろう。


それにしても最近、言い訳する武藤議員の顔が、ペテン師面(づら)の与沢翼に見えてきたと思うのは、当紙だけだろうか。


 

 

安倍首相に物申す!私的談話はあり得ない

安倍首相に物申す!

私的談話はあり得ない


安保関連法案の審議により、国会の会期が9月まで延長することが決まった。

終戦記念日までに全てを済ませ戦後70年談話を出す予定だった安倍首相の描いたスケジュールが大きく狂ってしまった。

その結果というか代償というか、

安倍首相が、予定していた戦後70年談話について、諸外国に配慮し、閣議決定せずに私的な見解を示すに止めるという。

日本政府の公式見解ではなく個人の見解ということにすれば、過去の植民地支配への謝罪などを盛り込まなくて済むということらしい。

しかし、この場に及んで私的とはどういうことか。扱いを喫茶店での茶飲み話にする、ということか。

それとも、思いや願いを語るけど、独り言だから気にしないで、ということか。

そもそも一国の首相が、国の歴史と未来に大きく影響を及ぼすことに成り得る発言をするのに、私的な談話など罷り通るのだろうか。

国会議員たるもの、どうでもいいプライベートでの行動や発言とて、国会の本会議で取りざたされて騒ぎになるのに、首相の発言に私的も公的もあるものか。

まして反日国家など、靖国神社の参拝を「私的です」といったところで納得しないではないか。

談話の内容が、聞く人にとって善いものであっても、悪いものであっても、あの談話は私的だからと言って許されるのだろうか。

そんなものなら、敢えて戦後70年談話などと銘打って発表する必要はないだろう。

反日国家に媚を売り、謝罪するだけの談話なら出す必要はないと思っていたが、過去を超越した未来志向の談話を出すといっていたから期待したのにガッカリだ。

蓋を開ければ私的だなんて、首相が何を言おうが、当方がブログやツイッターで言いたいことを言うように、「私的な独り言です」で通るわけがないではないか。

「私的です」と言おうと言うまいと靖国神社に参拝もできない日本の総理大臣が、今度は「私的な談話ですから〜」とは呆れました。

世界情勢を鑑み、戦略的な意図をもって多少の譲歩があったとしても、談話を出す以上は最後まで責任をもって、日本の総理大臣として自信をもって堂々と談話を出していただきたい。

一国の首相としての気骨をもって発言すれば、その覚悟に当方は、ただ批判することはせず、疑問を質すことはあっても応援するつもりである。選挙を経て成るべくして成った我が国の首相なのだから。

しかし、「私的」という時点で、自信のない表れではないか。

ならばワザワザ談話など発表する必要ないだろう。

好き勝手に「私的ですから」と言って持論を毎日展開していればよいではないか。

それこそ、痛恨の極みであった靖国神社への参拝を「私的ですから〜」と言って、暇さえあれば行けばいい。

もはや私的な談話など、私的を言い訳に靖国神社を参拝する政治家にも及ばぬ愚行である。本来であれば国民として国会議員として堂々と行くべきだ。

談話だって、村山談話に河野談話、小泉談話の呪縛にとらわれる必要はない。日本を思う現首相の言葉で堂々と語ればいい。

それなのに、諸外国に配慮した私的な談話とは、いったい誰のために何のために出す談話なのだろうか?

私的な談話を評価する人がいましたら教えてください。

結局、敵からも味方からも私的だの公的だの騒がれて禍根を残すことになるのではないか。

安倍さんは、日本の首相ですよ。八方美人では、支持者も心底どちらを向いているのか分からなくなるよ。



 

川上村の藤原村長と仲間たちΧ甼景

川上村の藤原村長と仲間たちΧ甼景

藤原忠彦村長(長野県川上村)の長期政権による独裁体制に、綻びが生じているとの情報が寄せられて来た。

藤原村長と仲間たちによる不条理によって、善良な村民が心を痛めているけれど、異議を唱えると嫌がらせや村八分にされることから、怖くて何も言えないとの相談に基づき、これまで当紙はその横暴振りを報じてきた。

高冷地での野菜栽培で名を馳せた藤原村長であったが、その労働力として「外国人技能実習制度」を利用していたが、労働者への著しい人権侵害が発覚し、東京入国管理局から五年間の研修生の受け入れ停止処分を受けた。その結果、村の農業振興を担っていた「川上村農林業振興事業協同組合」が解散する事態になってしまった。

また、村の誇りである天然記念物「川上犬」の血統書を村の「川上犬保存会」が偽装していた疑惑を、フジテレビの報道番組 スーパーニュース特集「リアル!」に大きく報じられた。

そして、これまで藤原村長に恐れをなして、口をつぐんでいた村民たちが、最近では藤原村長に対する不満を堂々と口にするようになったそうである。

例えば、全盛期のオウム真理教が川上村に広大な土地を買占め、大規模なサティアン施設を作ろうとしたとき、当時の藤原村長はオウム真理教の進出に反対し、排除に尽力したとマスコミでも取り立てられていたが、実はこのサティアン施設の土地は、もともと分筆していた土地を藤原村長が買い束ねて、村長から不動産ブローカーの手に渡り、オウム真理教に売られたものだいう話が漏れ伝わってきた。つまり、田舎の二束三文のバラバラの土地ではあるが、束ねてくれたら大口の客が買ってくれることになっているとブローカーから持ち掛けられて、儲け話に乗ったのではないかという怪しい話しである。地元では有名な噂話であるそうだが、村民が公言することは無かったようだ。


また、過去に週刊誌「サンデー毎日'99.8.15号」が報じた川上村のレジャー施設計画に絡んだ贈収賄疑惑の舞台となった土地周辺を、現在買い上げているとの噂もあるが、またまた何を企んでいるのか?

次回の村長選は来年ではあるが、藤原村長は長期政権と多選の反対を唱えて当選したのに、今ではどっぷり7期(28年)もやっているとの批判と、保養所管理を巡り使途不明金を追及する声も聞こえてきている。

さらに、近ごろ農協に努めていた藤原村長の息子が、結婚を期に辞めていた元農協職員の女性に手を出し、同じく農協職員である女性の旦那にぶん殴られるという騒動を起し、別の支所に移動させられたという話も聞こえてきた。

話はそこで止まらず、藤原村長は昔、妊娠させた女性を捨てた過去があり、それが原因で村を追われた女性は心労から失明したという話や、妹はほかの女性と結婚が決まっていた男と略奪婚しただの、その下の妹は不倫して駆け落ちしてしまっただの、息子の節操のない問題は血筋であるという身内の所業まで聞こえてくる始末だ。

血筋といえば、藤原村長は自己紹介の際、大化の改新を成し遂げた由緒ある藤原鎌足公の末裔だと騙っていたというが、藤原村長と古くから親交のある人物は、村長の先祖の墓石は「原だったんだよハラ!どうやって藤原になったんだい」と疑問を呈している。

こんな、話が遠い埼玉の当紙に伝わってくるようでは、藤原村長の強権政治もいよいよ蔭りがみえてきたということか。

善良な村民たちが立ち上がり、村の不条理を糾す時節の到来だ。

藤原村長は全国町村会長にまで成ってるそうだけど、先代の会長は福岡県町村会汚職事件に絡んで贈賄罪で起訴され失職したんだよね。


そろそろ潮時じゃないの藤原村長!引き際も大事だよ。







 

統一地方選挙後半戦

統一地方選挙後半戦

統一地方選挙の後半戦がスタートした。

当紙で追及していた水戸市議も始まった。結果はどうなる事やら分からぬが、選ぶのは地元の人たちだ、真剣に候補者選びに臨んでほしい。


統一地方選挙の前半戦では、立候補の届出者数が定数を超えず無投票当選の選挙区や、過去最低投票率の選挙区が相次いだ。


当紙の本拠地、埼玉県も県議選が行われ過去最低の投票率を記録した。

地元の選挙区では、突如名乗りを上げた自民党重鎮議員の息子が当選した。

親父が退き、代わりに息子が候補となったのだけど、地元じゃ何の交流も実績もない人物だと評価は今一つだった。

しかし、蓋を開ければ当選だ。結局は地盤、看板、カバンということだ。

まだまだ地方選じゃ、あの人の親父には御馳走になったからとか、あの人の祖父は偉かったとか、町会長が推しているから、とかそんなレベルで当落が左右されているようだ。

そして投票率が低くなればなるほど優位に立つ。


一方、現市長の推す女性候補は、市議を辞めての挑戦だったが、嘗て市議選で最強を誇った人気も及ばず落選した。

これは、現市長の勢力に陰りが出てきた証左である。


自分たちに、より身近な議員を決める地方選挙だというのに、選挙への関心は低くなる一方だ。

国政への不信が続く現在、有名な国会議員の先生が応援演説に駆け付けたところで、選挙への関心を引くのは難しい。


選挙後半選では、名前だけで大きな話題になっている人もいる。


本当に、真剣に、自分の住む町のことを考えて候補者を選び、選挙に行かなくてはいけない。






 

水戸の郵便局より返送物

水戸の郵便局より返送物

本日、当社に以下のような郵便封筒が何枚も送られてきた。




封筒には「あて所に尋ねあたりません」という郵便局の印が押されている。

これは本来、郵便配達員が「宛名の住所を尋ねたけれど、存在しなかったので差出人にお返しする」というものである。

しかし、この封筒には差出人の住所は書いていない。

差出人が不明の郵便物である。

なぜ、当社に送られてきたのか中身を確認すると、当社が作成した「敬天千里眼情報」のコピーが入っていた。




おそらく、郵便局が中身を確認し、当社の名前と住所が書いてあったので、当社が差出人だと思って送ってきたのだろうが、誤りである。

当社に何ら確認もせず(電話番号も書いてあるのに)、返送のつもりで送ってきたこの郵便局は、職務怠慢と言わざるを得ない。

この郵便物は、当社が出したものではない!と断言しておく。


何故なら、当社が郵便物を出すときは、必ず名前を明記した当社専用の封筒を使用する。

だから、郵便物が返送されてくるときは当社専用の封筒であるか、取材の申し入れや新聞の送付を断る為の返送であれば、丁重にお断りする手紙が添えられ返送されてくる。

時には、以下のように受取拒否をして返送してくる不届き者もいるが、当社専用の封筒なので差出人は間違いなく当社であることが分かる。





いずれにせよ、この程の返送封筒の中身は、水戸市議会の体たらくを追及する当紙であったから、記事内容に賛同する水戸市民が情報を拡散し、水戸市の不条理や市議会議員の体たらくを糾そうとしているのだろうとポジティブに受け止めることにする。

しかし、本当に水戸市を良くしたいと思うのなら、自らの正体を伏せて当紙をばら撒くだけでは駄目である。

やはり、地元の人たちが勇気をもって立ち上がり、声を大にしてダメなものはダメと言えるようにならなければならない。

統一地方選挙の結果を変えられるのは、それぞれ地元の有権者一人一人の意志なのだから。



 

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川上村の藤原村長と仲間たち

川上犬疑惑の血統書を報じたフジテレビ


先達て、当ブログは川上村の誇りともいえる県天然記念物「川上犬」の血統書偽装疑惑の問題を報じた。

犬の発情期は年に1〜2回であるというのに年4回も出産した年もあったという理不尽な血統書が作成され、藤原村長の飼犬「初風」の子である川上犬として世に送り出されていたというものだ。

当紙の下には村長の「初風」が平成2年に産まれ平成16年に死亡するまでの15年間で31回出産したと報じた信濃毎日新聞の指摘を大きく上回る50回以上も出産していることを記した資料が寄せられている。

過去当ブログ記事⇒クリック

この「川上犬」の血統書偽装疑惑の問題にからみ、昨日3月5日のフジテレビ報道番組 スーパーニュースは、特集「リアル!」で、天然記念物川上犬の血統書に纏わる疑惑を大きく報じてくれた。

川上犬は全国で約300匹ほどで、川上村でしか購入できない。そのため、購入希望者が100人以上、3年待ちの状態だったこともあったという。村内には57匹の川上犬がいるが、全てが天然記念物ではなく、審査を合格した20匹だけが天然記念物に指定されるが、この川上犬の血統書が杜撰であったということだ。

川上犬の川上犬の純系保存を目的に設立された「信州川上犬保存会」は、これまで3871枚(平成25年2月現在)の血統書を発行している。しかし、通常川上犬は1年に1回、1匹〜5匹しか産むことが出来ないのに、藤原村長の飼っていた川上犬「初風」の血統書を調べると1年に9回、その生涯で55回の出産をして、合計214匹を産んだという考えられない記録が明らかとなった。記録によると初風は自分が生まれる前にも、死んだ後にも出産したことになっていた。更に問題なのは、川上犬が販売され保存会に入っているお金の流れが不透明であるということだ。川上村役場は取材を拒否し弁明をしなかったそうである。

この藤原村長が飼っていた川上犬「初風」の不自然な血統書の問題をいち早く報じていたのは信濃毎日新聞('10.3.20)だ。5年も前の事である。




天然記念物である川上犬の血統を根底から揺るがす大変な問題であったのに、いつの間にやら真相は闇の中へ葬られ、藤原村長は解決済みという姿勢を貫いているようだ。

この真相が闇に葬られたエピソードの一つに、例えば信濃毎日新聞へ圧力がかかったという噂がある。

5年も前に信濃毎日新聞で川上犬の杜撰な血統書に気付き、連載で報じていく予定であった当時の担当記者は、昇進が期待されエリートコースを歩んでいたにもかかわらず、この問題を報じてから間も無く左遷されてしまったということだ。

当時のことを良く知る人たちは、寝耳に水の人事で偶然とは思えないと口を揃えているという。そして、このことを付きとめようと信濃毎日新聞の記者に聞こうとしても、「川上犬の問題は思い出したくもない」と口を閉ざすということだ。

昨日のフジテレビの報道も、勘ぐれば疑念が残る報道となった。それは、当の長野エリアでは放送されていないという事だ。

フジテレビも、信濃毎日新聞も然り、長野県エリアの支局にスポンサー関係を通じてなのか、何らかの圧力がかかったのではないかと疑念を抱いてしまうのは、当紙の職業病であろうか?

そういえば藤原村長は、純粋に川上犬を愛し営利目的ではなく本当に犬の純系保存を志し、これまでの保存会のやりかたに異論を唱える者たちを、みんな排除してしまったそうであるが、当紙がなぜ川上村の不条理を問題にしているのか?

その発端は、藤原村長と仲間たちによる不条理によって、善良な村民が心を痛めているけれど異議を唱えると嫌がらせや村八分にされることから、怖くて何も言えないとの情報が寄せられたからであったから、報道への圧力もまんざら嘘でもないかもね。




どうやら藤原村長には、カールおじさんのような温厚な外面の裏に、村民を恐怖に陥れる本当の顔を秘めているようだ。


フジテレビと信濃毎日新聞の続報に期待をしたい。


頑張れ善良な村民たち!


つづく。









 

18歳選挙権

18歳選挙権

今国会で、選挙権年齢を20歳以上から18歳以上に引き下げる公職選挙法改正案を成立させる見込みであるという。

諸外国の選挙権年齢は18歳以上であるとか、若い世代に政治への関心を持たせるとか、若者の意見を政治に反映させるとか、選挙権を与え、社会的責任を自覚させ成熟を促すとか、その意義は大きい。

特に、先般の少年による残虐非道な事件を考えると、選挙権の改正に伴う民法の成人年齢や少年法の対象年齢といった課題の検討は大いに期待するところである。

だが、しかし・・・

今国会の衆議院予算員会質疑をはじめ、昨年末の衆院選挙の過去最低投票率を見るに、18歳以上への選挙権改正に向けた正論を今の国会議員どもは、どの面下げて言っているんだ!と怒らずにはいられない。

昨年来、閣僚が辞任せねばならないほど政治と金の問題で、大切な国会に混乱を招き、与党も野党も無く代表が疑惑を持たれ追及されている。献金をもらっていたのは事実だが、既に返金しただの、国の補助金を得ている団体組織だとは知らなかったから法に抵触していないとか、数十万円の献金をめぐり、くだらない政争を繰り返し行っている。

今日もまた国会の質疑で繰り返し問題となっている。もううんざりだ。

このような体たらくを繰り返し、国会議員が自ら政治不信を招いておきながら、選挙権の改正を唱えている姿は、所詮は来年の参院選挙を見据え、票田獲得の幅を広げたいという浅はかな意図しか感じられぬ。

これでは、せいぜい選挙に熱心なお祖父ちゃんお婆ちゃん、あるいは両親のいわれるがままに投票する若者が増えるだけで、共産党などの組織票が伸びるぐらいではないか。

少年に、成熟を促す前に国会議員が先ず成熟しろということだ。

議員が議員たる職責を全うし、確たる信頼を得ていたならば、どこかの政党が掲げる「身を切る改革」も必要ないことだろう。
一生懸命国民のために頑張っているなという誠意が伝わり、信頼されていたならば議員の定数削減も必要ないし、議員報酬の削減も必要ないし、消費税が10%に上がろうと20%に上がろうと、国の為、国民の為に必要であるならば、さらに増えることがあっても、国民は甘んじて受けいれることだろう。

極めてグレーな政治資金規正法によって、自らを律せず「知らなかったから違法献金ではないけれど、誤解を招くから全額返した」と繰り返される政治と金の国会答弁、政務と称して政治資金で宴席にコンパニオンを呼んだとか銀座のクラブに行ったとか、ワイドショーさながらの茶番がそのまま国会の本会議で繰り返されているのが現状だ。

18歳以上に選挙権を付与するならば、それに伴い先ずやるべきことは、全国の議員が大人の模範となるよう襟を正し、信頼回復に努めるべきだ。

だから、いまの国会議員すべてに、国政を担っている者として連帯責任を問い、公職選挙法改正案の大義をどの面下げて言っているのだ!と申し上げたい。



 


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