石川県護国神社参拝

本日、十二月八日は大東亜戦争開戦の日。


七十二年前、日本の存亡を賭けて、開戦の道を余儀なくされ、結果として多くの尊い命が失われました。


多くの国民が、自らの命を顧みず、故郷や家族、祖国や国民を護ろうとしました。そして、平和を願い後世に託しました。


このような先人達の崇高な精神が礎となって、自分たちの命は今、生かされています。


戦没者の御霊に感謝の誠と哀悼の意を捧げることは国民として当然です。


慰霊することと賛美することは違います。他国にとやかく言われる事ではありません。


そして、先人達がどのような日本の姿を想い描き後世に託したのか、その意を引継ぎ考えることは現代を生きる者の使命であります。


二年前の平成二十三年十二月八日の朝、当時金沢大学の四年生(二十二歳)の学生が石川県護国神社の境内にて、ナイフで自らの腹を十字に切った後、頚動脈を切り、自決するという出来事がありました。


しかし、新聞報道は若者が自殺をしたという事実を僅かに報じるだけで、自殺の背景や意図に言及することはありませんでした。


若干二十二歳の若者が自ら命を絶った場所は、石川県護国神社境内にある清水澄博士顕彰之碑の前です。清水澄博士は金沢市出身の憲法学者で、戦後の新憲法に反対し昭和二十二年九月二十五日、「幽界より国体護持と皇室安泰、今上陛下の御在位を祈願す」という自決の辞を残して、自決されたそうです。


当方は、この出来事を、自決した大学生の心中を鑑み、同世代の学生が中心となって行われている地道な活動により詳しく知ることとなりました。


また、その学生が中心となって昨日七日、石川県護国神社にて慰霊祭が行われました。


実際に現地に足を運ぶことで、混迷する日本の現況に生きる現代の若者と、二年前に亡くなられた若者の死、そして戦没者の心中を鑑みる貴重な日となりました。


また、かつて神社と地域は、年中行事と共に生活を営む中で密接な関わりを持っていました。


そのような関係が時代と共に失われつつある中、大小問わず各地に多々点在する神社の存続が危ぶまれていることを、伝統・文化・精神を継承していう上で、共に考えていかなければならないという現実をみる機会を得ることとなりました。


多くの人たちに純真な若者の活動と、その活動の主旨、心中を知って頂きたく思います。

   
                  
                    


                                     

謹啓


晩秋の候、皆様におかれましては益々ご清祥のことと御慶び申し上げます。
平素は格別の御高配を賜り厚く御礼申し上げます。


昭和十六年十二月八日は、先帝陛下の『開戦の詔書』による大東亜戦争開戦の日であり、今年で七十二年を迎へます。


さて、その開戦の日の七十周年にあたる平成二十三年十二月八日の朝(未明)、当時金沢大学の四年生の学生が石川県護国神社の境内にて、ナイフで自らの腹を十字に切った後、頚動脈を切り、自決をされました。
警察の調べによると、腹部と首に深い傷があり、近くには自らの腹と首を切ったナイフと透明のビニールシートにくるまれた日章旗があったさうです。また、学生は黒のスーツにワイシャツ姿で、靴は脱ぎ揃えておいてありました。


学生が切腹をした場所は石川県護国神社境内にある清水澄(しみづとほる)博士顕彰之碑の前でした。清水澄博士は金沢市出身の憲法学者で、昭和二十一年から最後の枢密院議長を務められました。


しかし、戦後の新憲法に反対をし昭和二十二年九月二十五日、「幽界より国体護持と皇室安泰、今上陛下の御在位を祈願す」といふ自決の辞を残して、静岡県の熱海の海岸で自決された方です。


その博士の碑の前にて自決をされた学生の遺書等は見つかつてをりませんが、平成二十四年十二月二十九日の産経新聞朝刊によれば、学生は金沢大学で安全保障問題のゼミに属し、同じゼミの仲間らに日本の安全保障のあり方について厚く語つてゐたさうです。


学生が亡くなる前年は尖閣諸島をはじめとした領土問題が大きく取り上げられてゐた年であり、自決のかなり前から政府がしつかりとした安全保障政策をとらない事に絶望する発言をしてゐたと言ひます。


かういった事はほとんどのメディアは取り上げることがなかつた訳ですが、私は一大学生が自ら切腹をしてまで何を訴えたかつたのか、また何故学生が死ななければならなかつたのか、さういつた観点から何度も慰霊を石川県護国神社において行ひました。


もちろん、自殺することを賞賛する訳ではありませんし、本来それは否定されなければなりません。


しかしながら、小雨が降る北陸の真冬の気候の中において自決された事を我々は無視してはならないと思ひ、この事件を皆様にお伝え致します。


 また、皆様におかれましては、是非趣旨にご賛同の上、二年祭にあたる十二月、石川県護国神社に御集まり頂ければ幸ひで御座います。


皆様にはご多忙の中、誠に申し訳ありませんが、謹んで御案内申し上げます。


謹白


平成二十五年十一月吉日

国士舘大学政経学部政治学科四年 松田晃平

                         


                                

                  

             

 
                          

      

                                     
  
                

                


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  • 2017.02.22 Wednesday
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