石川県護国神社2

 石川県護国神社

 

由々しき出来事


             

 

現役の学生が中心となって七日、石川県護国神社にて慰霊祭が行われました。

石川県護国神社の境内にある清水澄博士の顕彰碑前で、平成23年12月8日未明にナイフで自らの腹を十字に切った後、頚動脈を切り自決した、金沢大学の四年生(二十二歳)の慰霊際です。

慰霊祭は、清水澄博士顕彰碑前で行われました。


祭主は吉水神社の佐藤一彦(素心)宮司です。
(大阪府警に勤めていた当時、阪神・淡路大震災の被災地に応援部隊として派遣され、そのときに、自然の恐ろしさを身をもって知り、祈でもって世界の平和を願いたいと思い宮司になることを決心したそうです。)


実際に現地に足を運ぶことで、混迷する現代の日本に生きる若者と、二年前に亡くなられた若者の死、そして戦没者の心中を鑑みる貴重な日となりました。


また、かつて神社と地域は、年中行事と共に生活を営む中で密接な関わりを持っていました。


そのような関係が時代と共に失われつつあるなか、各地に多々点在する神社の存続が危ぶまれていることを、伝統・文化・精神を継承していく上で、共に考えていかなければならないという現実をみる機会を得ることとなりました。


と、先立てブログでご報告いたしました。


この「現実をみる機会を得ることとなりました」の言葉に秘められた由々しき出来事への意味と、参列者の心中を、吉水神社の佐藤一彦宮司が、自らのブログで単刀直入に代弁して下さっているので、心より感謝を申し上げますと共に、この日の出来事を広く世に知らしめ、日本人の伝統、文化、精神を蝕んで来た現代の拝金主義が、職種を問わず侵食していることを世に問うために、誠に恐縮では御座いますが、ブログのリンクを貼らせていただきます。


佐藤宮司ブログ=(秘)宮司が烈火の如く怒った話し
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshimizushrine/62984963.html



嘗ての日本人は、武士は食わねど高楊枝というように、自らの職務に皆、矜持をもっていました。

一流といわれる企業や老舗は、創業者をはじめとする先人たちが、正直で地道な努力を繰り返し積み重ね、それが信用となって一流と呼ばれるようになったのでしょう。

日本人が世界で勤勉で誠実であると称賛されてきたのも、先人たちの崇高な精神の礎によるものです。

そのことを忘れ、先人たちが築きあげてきた信用を傘に、目先の欲に溺れて信頼を失墜させる事件が相次いで起こっています。


今年の世相を現す漢字は「輪」に選ばれたそうですが、現実的には「偽」であるということを一流と称す者の虚偽表示に続き、猪瀬都知事が一年の締め括りに教えてくれましたね。


職種を問わず、自らの職務に矜持を持って職責を全うしなければなりません。

そして、日本人としての矜持を持って護るべきものは護り続け、生きる努力をしなければ成りません。


若者が、このままではいけないと気付き行動しているのに、気持ちを挫く事件事故ばかりでは日本は亡国の一途を辿るばかりです。


 


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