盲導犬刺傷事件に見る社会の闇

 盲導犬刺傷事件に見る社会の闇


さいたま市の全盲の男性が連れていた盲導犬が何者かに刺されてケガをした事件で、事件を捜査している武南署に、全国から激励の手紙や寄付金が寄せられているそうだ。

この事件は、男性が盲導犬「オスカー」を連れてJR浦和駅から川口市内の職場に向かう際、何者かがオスカーの腰付近をフォークのようなもので刺したとみられている。

この事件に絡んでデヴィ夫人が公式ブログで盲導犬制度の廃止を主張したという。

デヴィ夫人は加害者を憎み、厳しく罰するための法改正を訴えるとともに、盲導犬が選ばれて訓練を受け、やがて引退するまでの生涯を記して「私はそんな盲導犬制度に対して強く反対の気持ちを持っております」と主張している。

「目の不自由な方にとって盲導犬は身体の一部とも言える働きをしているのです」と理解しながら、
盲導犬は「本来のネイチャー通り自由に飛び跳ねることも出来ず、はしゃぎ遊ぶことも出来ず、吠えることも出来ず、ただ黙々と目の不自由な方に仕えるのみ」で「それは一種の虐待と思っています」と述べている。


二度と同じ事件が起きないために盲導犬だけを対象とした極端な意見である。

まるで、全盲の男性が盲導犬に愛情を注いでいないみたいではないか。

一人暮らしのキャバ嬢が寂しさ凌ぎに飼うよりは、犬も愛されていることだろう。

と、このような言い分を述べれば限が無い。

愛し方は人それぞれだから、ペットにすること自体が動物虐待だ!となってしまう。

しかし、問題を世に提起するデヴィ夫人の発信力は評価したい。


このような意見が飛び交う中で、「全日本盲導犬使用者の会」が公式サイトで緊急声明を発表した。

同会は事件に対し「強い怒りと恐怖に震える思いでいっぱいです」と憤りを示し、こうした事件が二度と起こらないよう、再発防止対策や補助犬を傷つける行為への罰則を検討するよう求めている。

また、刺された盲導犬がほえなかったとされることから、一部で「盲導犬は何があっても声をあげないように訓練されている」と伝えられ、「抑圧されて働かされる盲導犬はかわいそう」という声が上がっているが、同会はこれを否定し「実際にはそのような訓練は現在行われていません。もしもそのような訓練がなされているとするならば それは虐待と捕らえられてもいたしかたないことです」とし、

盲導犬はボランティアや関係者、使用者から愛情と良質な飼育環境を与えられ、人間を100%信頼して生きているため、攻撃的行動に出たり、むやみに声をあげる必要がないのであって、「抑制されることにより声をあげないのではなく、人間を信頼しているからこそ声をあげないのです」と述べ、正しい理解を求めている。

色々な意見があるものだ。


無論、一番悪いのは刺した犯人に違いない。


しかし、事件は朝の通勤時間であることや、電車内での犯行とも言われている。

男性が会社に到着する前に立ち寄ったコンビニの防犯カメラには、既に血を流しているオスカーの姿が写っていたとも聞く。


犯人は、人影のない所で男性に気配すら感じさせず、そっとオスカーを刺したのだろうか?


それとも周囲に人は居たが、誰も全く気が付かなかったのか、気付いたが無視したのか。


暇さえあればスマホを見つめる人、通勤時間で自分のことで精一杯な人、目の前の不条理に目を閉じて現実逃避する人、

事件をよそに様々な人たちの姿が目に浮かぶ。


盲導犬オスカーに激励の手紙や寄付金が寄せられている一方で、


もう一つの重大な社会の闇を感じ得ずにはいられない。


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  • 2018.11.10 Saturday
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  • 16:16
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