11.23勤労、収穫、食事に感謝する

勤労、収穫、食事に感謝する秋


秋も深まり銀杏並木が朝陽に照らされ黄色く眩いている。それが雨上りの朝陽なら格別だ。


秋といえば、「実りの秋」「収穫の秋」といわれる。


ゆえに「食欲の秋」といわれるわけだ。


「実りの秋」の実りも、「収穫の秋」の収穫も、日本の「風土」すなわち天地自然の力と、人々の勤労が齎した「恵み」である。


その「恵み」が、人が生きてゆく上で欠かすことのできない大切な食を支えてきた。


資源が乏しいといわれてる小さな島国の人々が、生き長らえてきたのは豊かな自然に恵まれていたからだ。


そして、その自然の恵みへ感謝を忘れず、天を敬い勤労に奉仕するという崇高な精神で命を育んできたのが日本民族だ。


だから、秋になると十月には伊勢神宮や宮中において神嘗祭が、11月には新嘗祭といった収穫を祝い神様に感謝をする、あるいは五穀豊穣を平和と共に御祈念する祭祀が執り行われている。


「風土・ふうど」とは、その土地柄固有の気候のことだから、「実り」も「収穫」も国産の恵みのことである。


だから、「食欲の秋」のこの連休に外食する人も多いことだろうが、マックのハンバーガーなど西洋の「food=フード」ばかり食べてはならない。


西洋のファストフードが街に溢れる飽食の社会。「食べる」ことに満たされていると、日々の生活の中で収穫どころか太陽も空気も水の存在も当たり前のようになり忘れ去られる。


腹に入ればよい、売れればよいとばかりに量産され、処分されていく食べ物。


やがて、物やペットや人間の使い捨てに波及し、様々な弊害を及ぼしているのではないか?


昨今の事件事故。その根源は法を超越した道徳の喪失。


今日も朝からテレビをつければ、交番で四人の警官が性行為だのセクハラだのと報道番組が騒いでいる。


また、今年の流行語大賞に纏わるニュースでは、嘘偽りで世間を騒がせた筈のスタップ細胞の娘やゴーストライターの男が取り沙汰されている。


おかしいだろう?


強姦や痴漢やストーカー事件が多発しているにもかかわらず、外国人から見たら娼婦と誤解されかねない服装で、耳にイヤホン視線はスマホで夜道を歩く若い女性たち。


社会人ともあろう大人が、理性を失うほど泥酔して夜道を歩き、中国人女性にキスをされATMで現金を引き出し奪われる事件の多発。


被害にあう前に、恥ずかしいと思わなければならないことがあるだろう?


加害者がもちろん悪いが、羞恥心のない被害者が事件を誘引していると言わざるを得ない。


乱れた社会教育がメディアを通じて子供たちに朝から晩まで施されている。


悪いことも、恥ずかしいことも、感じる心すら持ち合わせていない人々が増えている。


それは、命を育んでゆく上で、天や自然や他人への感謝の気持ちを忘れていることが原点にあるのではないか。


昨今の事件や不条理を根本から正すには、物事の道理を自分で見極め善悪を判断する法を超越した道徳を身に着け、誠実な心を育んでいくしかないだろう。


この道徳は学校の授業では身につかない。無理難題な理想論かもしれない。


しかし、そんな無理かもしれないことを、身近な生活の中で確実に育んでいく唯一の手立てが、神社の祭りや神事、宮中祭祀の中に込められている。


西洋かぶれの病に侵された日本を治療するには、日本の伝統文化に常日ごろ慣れ親しむことが「神薬」となる。



11月23日は、国民の祝日「勤労感謝の日」、そして宮中祭祀「新嘗祭」。




「食欲の秋」の連休は、祝日法にある通り「勤労を尊び、生産を祝い、国民たがいに感謝」し、日本の風土が齎す実りと収穫に感謝し、世界に誇る日本の「和食」を嗜み、心身をよく休めて師走の仕事に臨もう。






 

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