安倍首相に物申す!私的談話はあり得ない

安倍首相に物申す!

私的談話はあり得ない


安保関連法案の審議により、国会の会期が9月まで延長することが決まった。

終戦記念日までに全てを済ませ戦後70年談話を出す予定だった安倍首相の描いたスケジュールが大きく狂ってしまった。

その結果というか代償というか、

安倍首相が、予定していた戦後70年談話について、諸外国に配慮し、閣議決定せずに私的な見解を示すに止めるという。

日本政府の公式見解ではなく個人の見解ということにすれば、過去の植民地支配への謝罪などを盛り込まなくて済むということらしい。

しかし、この場に及んで私的とはどういうことか。扱いを喫茶店での茶飲み話にする、ということか。

それとも、思いや願いを語るけど、独り言だから気にしないで、ということか。

そもそも一国の首相が、国の歴史と未来に大きく影響を及ぼすことに成り得る発言をするのに、私的な談話など罷り通るのだろうか。

国会議員たるもの、どうでもいいプライベートでの行動や発言とて、国会の本会議で取りざたされて騒ぎになるのに、首相の発言に私的も公的もあるものか。

まして反日国家など、靖国神社の参拝を「私的です」といったところで納得しないではないか。

談話の内容が、聞く人にとって善いものであっても、悪いものであっても、あの談話は私的だからと言って許されるのだろうか。

そんなものなら、敢えて戦後70年談話などと銘打って発表する必要はないだろう。

反日国家に媚を売り、謝罪するだけの談話なら出す必要はないと思っていたが、過去を超越した未来志向の談話を出すといっていたから期待したのにガッカリだ。

蓋を開ければ私的だなんて、首相が何を言おうが、当方がブログやツイッターで言いたいことを言うように、「私的な独り言です」で通るわけがないではないか。

「私的です」と言おうと言うまいと靖国神社に参拝もできない日本の総理大臣が、今度は「私的な談話ですから〜」とは呆れました。

世界情勢を鑑み、戦略的な意図をもって多少の譲歩があったとしても、談話を出す以上は最後まで責任をもって、日本の総理大臣として自信をもって堂々と談話を出していただきたい。

一国の首相としての気骨をもって発言すれば、その覚悟に当方は、ただ批判することはせず、疑問を質すことはあっても応援するつもりである。選挙を経て成るべくして成った我が国の首相なのだから。

しかし、「私的」という時点で、自信のない表れではないか。

ならばワザワザ談話など発表する必要ないだろう。

好き勝手に「私的ですから」と言って持論を毎日展開していればよいではないか。

それこそ、痛恨の極みであった靖国神社への参拝を「私的ですから〜」と言って、暇さえあれば行けばいい。

もはや私的な談話など、私的を言い訳に靖国神社を参拝する政治家にも及ばぬ愚行である。本来であれば国民として国会議員として堂々と行くべきだ。

談話だって、村山談話に河野談話、小泉談話の呪縛にとらわれる必要はない。日本を思う現首相の言葉で堂々と語ればいい。

それなのに、諸外国に配慮した私的な談話とは、いったい誰のために何のために出す談話なのだろうか?

私的な談話を評価する人がいましたら教えてください。

結局、敵からも味方からも私的だの公的だの騒がれて禍根を残すことになるのではないか。

安倍さんは、日本の首相ですよ。八方美人では、支持者も心底どちらを向いているのか分からなくなるよ。



 

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  • 2018.09.13 Thursday
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  • 14:50
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