靖国神社トイレ爆破事件の犯人に告ぐ

靖国神社トイレ爆破事件の犯人に告ぐ

昨日23、靖国神社のトイレに爆発物が仕掛けられ、トイレの一部が破損した。

靖国神社では、午前10時から新穀を得たことを神様に感謝する新嘗祭が行われており、普段より多くの人たちが神社を訪れていた。幸い怪我人はいなかった。

言うまでもなく、国や家族を身を挺して護ろうとした英霊が静かに眠り、感謝と慰霊、国の安寧を御祈念するため参拝者は訪れる。

また、資源に乏しい小さな国の人々が、生命を育んでこれたのは、恵まれた自然から穀物を収穫することが出来たからだ。そのため自然への感謝は絶対に忘れてはならない。だから収穫祭である新嘗祭は大切な祭祀である。

このような場所と時節を選んで、爆発物を仕掛けたことは卑劣極まりない行為であるということは言うまでもない。

一方、なんとも愚かで浅はかな行為であると共に、何の成果も得られない犯行であることを犯人は思い知るがよい。

他国では、紛争の火種となっているのが宗教である。一神教を崇拝し、教えや信仰が異なるものを排除するために、暴力や戦争も辞さない。施設を破壊し聖戦の成果を称えあう。

しかし、日本人が持っている八百万の神々を崇める宗教観は他国とは全く違うから、相反する意見のものを襲撃したり、破壊したりすることはない。日本でそんなことをするのは新興宗教くらいであろう。また、そんなことをされても、一人一人の心に深く浸透している信仰心は何ら揺らぐことはない。物を壊したところで何も変わらないということだ。犯行に及んだ犯人にさえ憐れみを感じるのが、神道と仏教が自然と生活の中に馴染み親しんできた日本人の崇高な精神と慈悲深さだ。

これまでの当局の調べで、爆発装置のお粗末さから過激派ではないだろうとの見方がある。なぜ靖国神社を狙ったのか?、安保法を戦争法と浅はかに談じる者の仕業か?、総理の参拝を牽制する者か?、何を訴え何を目的としているのか分からない。なぜなら神社とは全く無関係であるからだ。

爆発で騒動となったけれど何の意味も目的も成していない無駄な犯行で、ただ世間に多大な迷惑をかけただけである。

犯人は、神聖な場所で、そんな無駄で浅はかな行いをした自分の愚かさに苦悩し、反省するがいい。

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