悪徳貧困ビジネス和合秀典公判編その4・供述

悪徳貧困ビジネス和合秀典

公判で明かされた真実・その4


【 部下たちの供述 】


福原○○ 供述調書より
「和合さんの元では救済係りと呼ばれていた、入寮を勧誘する係りの人達が、東京都内の
新宿や上野周辺当たりでホームレスなどに声をかけて入寮者を集めていた。

 私はこのような救済係りの勧誘により戸田市役所や埼玉市内の区役所の管内において、保護申請者が何人か集まると申請予定者の名簿を作成して役所を訪ね、ケースワーカーに名簿を提出していた。生活保護を受けさせることが決まった入寮者については、入寮後、私や佐藤○美さんなどが戸田市役所やさいたま市内の区役所へ連れて行き、申請手続きを行った。

 入居者達が受け取った生活保護費は集金して和合さんに渡していました。入居者については日々、誰がどこの宿泊施設に入居しているかを記載した「出発の寮名簿」という一覧表を作成していた。この出発の寮名簿は日々入居者に500円の小遣いを配る際に、どこの宿泊施設に何人入居していて、いくらのお金を用意しなければならないのか分かるように毎日作成しているものです。

履歴の最後にトンコと記載している場合は「トン面をこく」をもじった用語で入居者が誰にも何も言わず退去してしまうことです。普通の円満な退寮の誰かに宿泊施設を出ることを伝え出て行った場合、強制退寮はこちらから入居者を退寮させた場合になります。私が作成していた入居者履歴一覧は出発の寮の入居者のほとんどの人が入力されています。まれに入居してすぐトンコした人などは入力を省略している場合があるかもしれません。生活保護を受給している場合の出発の寮の入居者に関してはすぐに入力しています。

 ユニティーでは、「ユニティー」として50件弱の建物を借り上げて、建物を寮として修繕し生活保護を受けている者を住まわせていました。ユニティーでは入居者の食費や水道光熱費、寮の管理費、消耗品費を入居者の生活保護から支払いをしていました。私は社長・和合さんから、その自宅でその日に必要なお金を平均70万円ほど預かって入居者の日払いや公共料金などの支払いをし、その日現金受け払いした者などをきちんとパソコンで入力し、コピーして社長に報告してファックスしていました。社長から預かったお金で各寮から修繕や消耗品費などが欲しい旨の話があった時は私は直ちに払っていました。」




深澤○ 供述調書(和合初公判1 36.0)
「私は平成21年6月にユニティーの施設に入居してその年中は和合の運転手をしていましたが、徐々に和合社長に認められ様々な業務を行うようになりました。その内容は救済入居者の勧誘にかかる経費の取りまとめや、入居者の生活保護申請にかかる経費の支払いです。和合社長の転居費用や新党フリーウェイクラブにかかる支出の取りまとめになります。

 私は和合社長から毎週現金を預かりユニティー及び和合社長の事業に対して、その支払いを現金封筒で作成し、毎週社長へ提出しています。私が支払っているユニティーの宿泊施設の経費は基本的に私が入寮している施設分でした。最初に入寮したのは喜沢南自立支援センターでした。それから平成21年11月頃よりは四ッ谷自立支援センター、平成22年3月以降より現在の笹目南自立支援センターと入寮する施設が変わり、運営経費について私が取りまとめていました。私は和合社長から毎週現金を預かり、ユニティー及び和合社長の事業に関して発生した費用を支払って社長に報告していました。」




石島○○ 供述調書(和合初公判1 38.30) 34号証35号証
「私は入居者名簿を管理しており、入居者ごとの家賃の集金日、家賃、入寮日、支払い家賃の集金日、配属寮などを記載して、積立金や給料を記載していました。入居者から月々原則3万円の積立金を預かっており、実績欄の金額は宿泊施設の家賃6万、協力会費1万、積立金3万の合計額となります。」




佐藤○○ 供述調書36号証37号証)
「私は出発の寮に入り、戸田市から生活保護を受給することになりました。戸田市が支給する生活保護は平成16年以降すべて銀行振り込みに変わったことから、それまで戸田市から毎月受けて和合社長へ全額渡していた生活保護のお金は、銀行口座を開設して受け取るようになりました。出発の寮は入居者が受け取った生活保護により、家賃、食費、水道光熱費、共益費、雑費が賄われており、日払いとして一日当たり500円を受け取っていました。」


 

小川○○ 供述調書(38号証〜40号証)
「救済活動、新規入居者の勧誘ですが、和合社長は路上生活者に声をかけ、社長が経営する寮に入れる活動のことを救済活動と呼んでいました。私は路上生活者を和合社長が経営する寮に入れ、私が
勧誘した路上生活者が寮に10日いつくと、社長から一人につき1万円の小遣いをもらいました。
 
 社長は社長の経営する寮に入居した路上生活者に生活保護や年金を受給させ、その金を全額受け取って寮費や食費などに使った残りを銀行口座や、社長の手元で管理していました。間違えなく生活保護から経費を引いても月々の余剰金が出ており、それを社長は路上生活者には返さず自分のことに使ってしまっているので、路上生活者に対する社長の事業について、路上生活者から生活保護費をピンハネするいわゆる貧困ビジネスと言われても仕方ないと思います。」



高木○○ 供述調書(41号証)
「私は出発の寮の修繕(?) 工事に従事することで和合社長から小遣いとして毎週3万円を受け取っています。内容としては一日あたり5000円、日曜日は従事しないため週3万円となっています。他の入所者は月払いの小遣いを貰っていますが、私は週払いの小遣いを受け取っていたわけです。私が行う出発の寮の修繕工事は各寮の部屋を個室化するためにベニヤ板で間仕切りするものです。」




井上○○供述調書(42号証)
「私はユニティーの施設に入居する上で、生活保護を受けない代わりに和合社長から頼まれた運営の手伝いをするようになりました。具体的には平成19年頃より、和合社長の指示を受け、大工工事を行っています。ユニティーで新しい住居物件が決まると、その物件の内部を改造してより多くの入居者が住めるようにしていました。」




大原○○供述調書(43号証)
「和合社長は現在ホームレスなどの生活困窮者の生活保護費の受給を前提に宿泊施設を利用させ、施設利用料として家賃、食費、水道光熱費として、(?) を行っておりました。和合さんはダイカスト(金属の加工製造)を行わなくなってからは、宿泊施設の経営をメインとしてきました。発砲スチロールを溶かしたりその他にも都内のホームレスが集めたアルミ缶を回収し収集業者へ販売する仕事も行っておりました。それは現在も行っております。私はアルミ等取引先とのやり取りを行い、納入日を決めたり売上代金を和合社長に届けていました。」



薗田○○  44-45号証 (和合初公判1 43.50)
「私は池袋地区ラーメン店を担当していました。池袋の寮には生活保護を受給している人はいません。池袋の周辺のホテルに勤務して給料を貰っている人か、就職活動中の人が入居しています。平成20年のはじめころから池袋では若者を受け入れ、就職支援をして得た給料から家賃などを貰うことになりました。これは他の生活保護受給者とは区別して若者バージョンや人材育成と呼び、宿泊施設を自立支援センターと呼んでいます。若者バージョンとして働いている人の毎月の給料から家賃として6万、寮の共益費に使うお金として協力会費1万、本人のための積立金として3万円を出金していました。自立支援センター人材管理名簿を作成し、若者バージョンで入居していた人ごとに給料日、年齢、勤務先、配属寮、積立金、給料の金額、実績金額等を記載し管理していました」




斎藤○ 46号証
「私は平成16年頃にユニティーの寮に入り、生活保護費を受給するための申請手続きを行いました。福原と一緒に戸田市役所を訪れ窓口で現金を受け取っていましたが、平成22年ごろからは銀行振り込みになって私名義の預金口座を群馬銀行戸田市店に開設しました。福原から通帳カードは預かる仕組みだからと言われ、通帳カードは預けました。戸田市早瀬においてはアルミ缶のプレス販売、群馬県伊勢崎市においてはアルミ缶を溶解して製造したインゴット販売を行っていました。私は寮の手伝いとして群馬プラントの方の担当者として戸田市早瀬から群馬プラントまでアルミ缶を4トントラックで運搬したり、資源回収業者にインゴットを納品する際の振込の確認等を行っていました。」




山口○○ 47号証
「寮の家賃や食事代が今月いくらということは言われませんでした明細書を渡されることもありませんでした。寮の家賃や食費代等毎月いくら払われているのか、私には分かりません。通常でしたら家賃いくら、食代いくらといわれて支払うものだと思いますので、おかしいと感じていました。
 
 
生活保護の申請は、印鑑については和合さんの寮のスタッフが用意して、役所に提出する書類については、役所は行くまでにあらかじめ書くように言われました。この時入寮している寮の賃貸借契約書というものも見ましたが内容についてはすでに誰かが記入しており、私は渡された印鑑を押すように言われて私の名前の場所に私の印鑑だけを押していました。


 生活保護を申請するにあたり、和合さんの寮のスタッフから「どこで声をかけられましたか?」と聞かれた場合は「東京で声をかけられたとは言わないで埼玉で声をかけられたと言ってください」と指示されていました。
 さいたま市についてはさいたま市内にいた人については生活保護を支給するが、もともとさいたま市以外にいた人を連れて来た場合は支給の対象外になっていたからのようでした。」



目黒○○
「私は宿泊施設に入居する際、和合社長と面接を行いました。私が「仕事を探している」というと、和合社長から「今は定職にできるような仕事は少なく難しいのではないか。協力するけど、とりあえず、しばらく仕事が見つかるまで生活保護で生活できるようにしてゆっくりして仕事を探そう。慌てて探しても碌なところは見つからない」と言われました。」



塚原忍 63号証 49.40(自殺死亡の為)クリック→自殺の真相
「私は平成20年5月中旬頃から平成25年2月頃まで和合さんの経営する寮に住んで生活していました。私は和合さんの指示で酒を飲んで暴れたりして、他の入居者に迷惑をかけている入居者を私のいる寮に連れて来て生活態度を改めるよう指導したり、私の指示を受け入れなければ寮から出ていくように伝える手伝いをしていました。また寮の入居者が少なくなると週に二回の割合でJR池袋駅、新宿駅、上野駅を車で順に周りホームレスに「生活保護を受けないか?うちは出せるお金は少ないが他よりは気楽だ」と声をかけ勧誘活動をしていました。このような勧誘活動を救済活動と呼んでいました。自分は20人〜30人の新規の入居者を勧誘しました。」


ーーー 以上 


おいっ、和合!

「勧誘した路上生活者が寮に10日いつくと、社長から一人につき1万円の小遣いをもらいました。」って、完全に悪徳ビジネス化しているじゃん。

『「どこで声をかけられましたか?」と聞かれた場合は「東京で声をかけられたとは言わないで埼玉で声をかけられたと言ってください」と指示されていました。』って?

もう脱税事件ではなくて、組織的な巨額不正受給・詐欺事件じゃないか!?

つづく。


 

 

トラックバックURL
トラックバック

selected entries

categories

archives

recent comment

links

search this site.

others

mobile

qrcode