教育勅語と日本人

教育勅語と日本人

森友学園の国有地払下げ問題に絡み、幼稚園で教育勅語が教えられていたとメディアが報じている。

報じるのもいいが、軍国主義に結びつけ、危険な洗脳教育を行っていたとの印象を持たせるものが目に余る。

森友学園の問題は、土地の売買や補助金申請の過程において不正や政治家の不当介入があったのか?ということではないか。

昨日8日の参院予算委員会で、福島瑞穂議員が11年前の稲田朋美防衛大臣の発言を引っ張り出して、森友学園の幼稚園で園児が教育勅語を暗唱させられていたことに関し見解を質した。

さらに「教育勅語が戦前、戦争への道につながり、道徳規範として問題を起こした」と批判した。

これに対し、稲田大臣は「教育勅語が言っているところの、日本が道義国家を目指すべきという、その精神をそれは目指すべきだという考えは(今も)変わっていない」「教育勅語の精神は親孝行、友達を大切にする、夫婦仲良くする、高い倫理観で世界中から尊敬される道義国家を目指すことだ」「全く誤っているというのは違う」との見解を示した。

全くその通りである。

このニュースを巡り、報道番組の中には「勅語の『勅』という字は天皇の命であるという意味であるから、天皇による強制、押し付けにあたるから問題だ」などと言っている者もいる。

教育勅語を批判する人達は、教育勅語が1948年の衆参両院で「基本的人権を損ない、国際信義に疑いを残す」とし排除が決議されたことを踏まえて言っているようだが、これは戦後に行われた連合国(GHQ)による占領政策が背景にあるのは明白だ。

福島瑞穂議員の「教育勅語が戦争への道につながるなど問題を起こした」などという批判は、教育勅語に対するとんでもないレッテル貼りであり、亡国を願う者の偏向的な主観である。

教育勅語に記されているのは、

/討帽養をつくしましょう
兄弟・姉妹は仲良くしましょう
I徂悗呂い弔眞腓爐弔泙犬しましょう
ねГ世舛呂互いに信じあって付き合いましょう
ゼ分の言動をつつしみましょう
広く全ての人に愛の手をさしのべましょう
勉学に励み職業を身につけましょう
知識を養い才能を伸ばしましょう
人格の向上につとめましょう
広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう
法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう
正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう

という12の徳目である。

そして、『勅』は天皇による強制だ!などと解釈している者がいるようだが、この教育勅語の後半には、「このような国民の歩むべき道(十二の徳目)は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。」と記されているのである。

つまり、天皇は自ら国民と共に、この行いに精進し、日本の安寧を心から祈念した、崇高な教えなのである。

現代社会は、偏った個人主義が横行し、公憤より私憤による身勝手な事件が後を絶たない。

町で見かけた異性に対し、一方的に好意を抱き、相手の気持ちも考えずに付き纏い、相手が自分に振り向いてくれなかったからという身勝手な理由で、相手を殺傷したり殺害したりする事件や、親子あるいは兄弟といった親族間で、些細な喧嘩を発端に殺害していまうという事件も例をあげれば枚挙に暇がないだろう。

国家に対する価値観も、平和ボケが著しい。私がいう平和ボケとは、本当に平和であるばかりに気持ちがゆるんでいるという意味ではない。

本当に考えなければならない重大な問題が目の前に山積しているにも拘らず、現実逃避しているこということ。つまりボケたふりをしているという意味だ。

北朝鮮のミサイルが秋田県沖合の排他的経済水域に発射されても、在日米軍基地を攻撃対象だと宣言されても、拉致被害者がいても、竹島や北方領土が武力で実行支配されていても、

「そうだったけ〜?」とボケたふりして平和を装っている平和ボケ。

そして、西洋文化に浸って亡国の一途を辿るばかりである。

間も無く、東日本大震災から丸6年である。

そして東京五輪まであと3年である。

政府は東京五輪の「招致」が決まった時、東日本大震災の復興のシンボルにすると盛り立てた。

ところが現在、国会は森友学園の国有地払下げ問題で、籠池泰典理事長の「招致」で盛り上がり、都議会では築地移転問題で石原慎太郎前都知事の「招致」で盛り上がっている。私利私欲で生じた莫大な税金の浪費が嘆かわしい。

そして、福島県の原発避難者へのイジメ問題を生じさせている社会の風評。

いったいどのツラ下げて東京五輪を迎えるのか。

こんなご時世であるからこそ、教育勅語に記された十二の徳目は、まさに現代を生きる私たちに必要不可欠であると言えるのではないか。

福島瑞穂議員の批判など、私に言わせれば、公衆トイレで「使った後は、次の人の為に流しましょう」という言うまでもない当たり前のことを書いた貼紙を見て「強制するのか!」と騒いでいるようなものである。


明治神宮ホームペジ参照→
http://www.meijijingu.or.jp/about/3-4.html

 


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  • 2017.07.30 Sunday
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  • 08:18
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