「真心の侍」

「真心の侍」

真心とは、辞書によると『他人のために尽くそうという純粋な気持ち』とある。また「しんしん」と言い『迷いや疑いのない真実の心。また、純真無垢な心』であると解説する。

二つの意味を併せて、人に当て嵌めてみると『他人のために純粋に尽くし、迷いや疑いの無い真実の心を持つ人』ということになる。

令和元年、この僅か二ヶ月足らずの間に、国内では凄惨な事件が相次いでいる。児童を狙った無差別殺人、親殺し子殺し、警察官襲撃事件・・・。生きるために食べ物を必死に求めていた貧しい時代ではなく、食料が満ち溢れ年間600万トンの「食品ロス」を抱える我が国内の現在における事件である。

 

『万能足りて一心足らず』・・・取り合えず、生きていく糧はなんとか持ち合わせているが、心にまことが欠けている人々が巷に満ち溢れている。

 

そんな現代に、「真心」を持って国や他人を思いやり、自分の信じた道に迷いや疑いを持たず、まことに命を懸けるという「侍」のような人が、本当に・・そして身近にいたんだということを教えて頂いたと同時に、この自分の不甲斐無い半生を振り返ると、今は恥ずかしくて堪らず、なんとも言いようのないどうしようもない気持ちでいっぱいです。

令和元年六月二十三日、靖国会館にて「沼山光洋さんを追悼し感謝する集ひ」が行われました。沼山さんの人柄は、多くの諸先輩方が言われている通り、本当に年上だとか年下だとか関係なく、とにかく心配りをして下さる方でした。故に、私もまた沼山さんの真心にふれ、陰ながら沼山さんを尊敬しお慕いしていた一人です。

沼山さんと初めて言葉を交わしたのは、ずいぶん前の話に成りますが、ある右翼活動家が呼びかけをして行われた抗議活動の現場でした。とにかく行く先々でお見掛けしていたので私の方からご挨拶をさせて頂きました。それからというもの、私は沼山さんとは比べようのない若輩者であるのに、沼山さんは抗議デモや勉強会の会場で私を見つけると丁重にご挨拶をして下さいました。

驚かされたのは、私はいつも職業柄、カメラを持って駆けまわっているのですが、あるパーティーでいつも通り出席者の皆さんを撮影していると、沼山さんが「ご苦労様です。ちょっと、そのカメラを貸して下さい」と言って私のカメラを手に取ると、そのカメラを私に向けて「いつも撮ってばかりだから、たまには写ってください」と言って、私をカメラで撮ろうとして下さったことです。

他人を撮ることには慣れている私でしたが、自分が撮られることには慣れていなかったので、「私のような未熟者が写真に写るのはまだ十年早いです」というようなことを言ってお断りをしたことがありました。それでも別の機会に何度か同じように声を掛けて頂き、沼山さんにカメラで撮って頂きました。

街宣の遠征先で集合写真を撮っても、常に他人にカメラを任せることの無かった私は、気が付けばこれまでの活動に関する自分の写真が一枚もありませんでした。沼山さんのさりげない『真心』が切っ掛けで、私も今では活動の布石として写真に写るようになりました。

また何年も前の話ですが、石和温泉(山梨県)で催された大吼出版の新年会に出席した際、隣の席になった沼山さんが、私が仕事の都合で宿泊しないで帰ることを知ると、「私も宿泊しないで帰らないといけないので、よかったら私の車で一緒に帰りましょう」と言ってくださり、家まで送ってくださったことがありました。このとき、一緒に帰ると言っても私は埼玉で、沼山さんは都内の御自宅ですから、申し訳ないと思って断ったのですが、沼山さんは「取り敢えず方向は一緒だし、ついでですから」と言って車に乗せて下さいました。

道中、帰る途中に毎年楽しみにしている景色があると言って、公道の橋の上から、小さな集落の灯りを見下せる場所を教えてくれたのを覚えています。これと同じように靖国神社の境内でお会いすると、年下の私に驕り高ぶることなく神社のゆかり等、知っていることをそっと教えてくださいました。遠い山梨からの帰路は二時間半くらいの道のりでしたが、色々な話を聞かせて頂き、あっという間でした。

途中、携帯で誰かとメールのやり取りをしていたので、心配になって訊ねたら、学生の娘さんがアルバイトが終わってファミレスで待っているということでした。女の子が遅い時間までバイトをしているので迎えに行く約束をしていたようです。「何か好きな物を食べて待ってろと言ってあるから大丈夫ですよ」と沼山さんは笑って言っていましたが、私が埼玉で車を降りた時は、既に時計は夜十一時半を回っていたと思います。娘さんを迎えに行く頃には午前零時を回っていたに違いありません。その娘さんの姿をこの度靖国会館で初めてお目に掛かることができ、沼山さんとの出会いと真心を思い出しました。

 

諸先生諸先輩方のお話から、沼山さんの活動と経歴の深さを知り、その崇高な精神に敬意を込めて『真心の侍』だと感じました。私など数えるほどしか言葉を交わしておりませんが、それでも感じることのできた沼山さんの素朴なお人柄を伝えたくて、とりとめのないことを書いてしまいましたがお許しください。合掌(関口拝)







 


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