仙谷由人官房長官と国立がんセンターの関係

嘉山氏は様々な国や団体の会合で目立ち始めた。

2008年に舛添元厚生労働大臣が立ち上げた「安心と希望の医療確保ビジョン」懇談会のメンバーとして出席。
毎回膨大な資料を提出して、真っ向から正論を唱え、厚労省を困らせた。

元々担っていた、全国医学部長病院長会議のメンバーとして様々な声明を発表。
医師養成数の増加、医療費の増額、医師の労働環境の改善などなど・・・。
嘉山氏は代表の立場ではなかったが、ブレーンとして事実上会議を仕切っていた。

先述の医療事故調査委員会については、
各所で行われるシンポジウムに登壇し、自信が医学部長を務める山形大学の附属病院の取り組みを
発表し、院内調査委員会によってクリアに調査して家族とも和解を図っている経験を伝えた。

嘉山氏はキャラクターがあまりに強烈なため、記者には嫌われやすく、理解もされにくい。
どれほど正論を吐いても、受け入れられにくかった。
嘉山氏が出始めた2年ぐらい前は記者の間でも
「嘉山さんの意見はあまりに医者中心だから嫌いだ」と言われるほど。

過激で強烈な嘉山氏の存在は民主党には歓迎されたが、
厚労省や文部科学省(大学病院の管轄は文科省)、自民党からは敬遠されていた。

しかし、嘉山氏の存在を一気に高めたのが、
厚労省の中央社会保険医療協議会(中医協)の委員に選ばれた事だった。
中医協は、病院が得る診療報酬の額を決める会議。
国の医療費を左右する、医療界や国民にとってとても重要な会合だ。

厚労省の中で医療に携わる会合に関しては、最重要と言っても過言ではない。
なんといっても、お金を動かす会議なのだから。

このメンバーに選ばれたということが、嘉山氏の今後を左右したのかもしれない。

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