仙谷由人官房長官と国立がんセンターの関係12

一方の嘉山氏は、山形県医療の王様だった。

嘉山氏が山形大医学部長や付属病院長になるまで、山形大は地方の国立大の一つで特に目立たなかった。
ところが嘉山氏が管理者として就任してからというもの、
病院経営から医療安全、医学部と研修医の教育、大学研究、一気に改善されてしまった。

そんな根城を長年にわたって築いてきたわけだから、ぽんとがんセンターのトップにしてやろうと言われても、難しいところだと思う。

嘉山氏の側近は、「仙谷さんに頼まれたからですよ。彼に言われなかったらやらない。嘉山先生は山形が好きだから」と話す。
仙谷氏は人事の話をする前に、仙台にある嘉山氏の実家に徳島の名産品を贈ったそうだ。
特に何の理由もなく。
仙谷氏からの贈り物が届いたとの知らせを妻から聞いた嘉山氏は、急いでその日のうちに、その名産品と同じ金額に相当する仙台の名産品を贈らせたという。
その直後に、がんセンターのトップを張ってほしいという話が来たそうだ。

嘉山氏の側近に聞くと「仙谷さんは嘉山先生の家庭がうまくいってるかどうかまで見たわけですよ。大体こういうバリバリやってる人は家庭がうまくいってないことが多い。しかも嘉山先生は奥さんが実家の仙台にいて、働く場所は山形だから家庭不和かもしれないって思うでしょ。そういう人は根っこがなくて足元が弱いから、崩れやすいんです。でも嘉山先生はしっかり奥さんとも連絡取り合っているし、そうじゃなかった。それが分かったから仙谷さんは嘉山先生にがんセンター理事長を頼むことを決めたんだと思いますよ」ということだそうだ。
嘉山氏は、そこまで見てくる仙谷氏の抜け目なさと政治屋としての器、自分へのある種の期待を感じ、この人事を引き受けたという。

側近は「嘉山先生と仙谷さんって、タイプが似てるんですよね」と話す。


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