祝・天皇誕生日

天皇陛下の八十歳の誕生日を祝う一般参賀が皇居で行われました。

傘寿のお祝いということもあり、皇居を埋め尽くすほど沢山の人がお集まりになっており、徒歩で宮殿・長和殿前に到着すると、十二月とは思えなほど体が暖かく天皇陛下の御出座しを待つことが出来ました。


                



今年も、東日本大震災の復興をはじめ、各地の災害による国民の苦悩に心を痛めているご様子でありました。


           


天皇陛下お言葉
「今日、八十歳を迎え、このようにして皆さんの祝意を受けることに深く感謝します。
今年もあと僅かになりました。喜ばしいこと、心の痛むこと、様々な事があった一年でした。
東日本大震災の復興が、いまだその途上にある中で、今年は大きな台風が大島を襲い、また、少なからぬ地方が風水害の被害に苦しみました。このような中で、東日本の被災地には、きびしい冬が訪れようとしています。
私どもは、これからも被災者のことを想い、国民みなの幸せを願って、過ごしていくつもりです。
来る年が、皆さんにとり、良い年であるよう祈っています。
ありがとう。」


        

天皇陛下の御健康と、御皇室の弥栄を心より御祈念申し上げます。


天皇弥栄

天皇陛下万歳


石川県護国神社2

 石川県護国神社

 

由々しき出来事


             

 

現役の学生が中心となって七日、石川県護国神社にて慰霊祭が行われました。

石川県護国神社の境内にある清水澄博士の顕彰碑前で、平成23年12月8日未明にナイフで自らの腹を十字に切った後、頚動脈を切り自決した、金沢大学の四年生(二十二歳)の慰霊際です。

慰霊祭は、清水澄博士顕彰碑前で行われました。


祭主は吉水神社の佐藤一彦(素心)宮司です。
(大阪府警に勤めていた当時、阪神・淡路大震災の被災地に応援部隊として派遣され、そのときに、自然の恐ろしさを身をもって知り、祈でもって世界の平和を願いたいと思い宮司になることを決心したそうです。)


実際に現地に足を運ぶことで、混迷する現代の日本に生きる若者と、二年前に亡くなられた若者の死、そして戦没者の心中を鑑みる貴重な日となりました。


また、かつて神社と地域は、年中行事と共に生活を営む中で密接な関わりを持っていました。


そのような関係が時代と共に失われつつあるなか、各地に多々点在する神社の存続が危ぶまれていることを、伝統・文化・精神を継承していく上で、共に考えていかなければならないという現実をみる機会を得ることとなりました。


と、先立てブログでご報告いたしました。


この「現実をみる機会を得ることとなりました」の言葉に秘められた由々しき出来事への意味と、参列者の心中を、吉水神社の佐藤一彦宮司が、自らのブログで単刀直入に代弁して下さっているので、心より感謝を申し上げますと共に、この日の出来事を広く世に知らしめ、日本人の伝統、文化、精神を蝕んで来た現代の拝金主義が、職種を問わず侵食していることを世に問うために、誠に恐縮では御座いますが、ブログのリンクを貼らせていただきます。


佐藤宮司ブログ=(秘)宮司が烈火の如く怒った話し
http://blogs.yahoo.co.jp/yoshimizushrine/62984963.html



嘗ての日本人は、武士は食わねど高楊枝というように、自らの職務に皆、矜持をもっていました。

一流といわれる企業や老舗は、創業者をはじめとする先人たちが、正直で地道な努力を繰り返し積み重ね、それが信用となって一流と呼ばれるようになったのでしょう。

日本人が世界で勤勉で誠実であると称賛されてきたのも、先人たちの崇高な精神の礎によるものです。

そのことを忘れ、先人たちが築きあげてきた信用を傘に、目先の欲に溺れて信頼を失墜させる事件が相次いで起こっています。


今年の世相を現す漢字は「輪」に選ばれたそうですが、現実的には「偽」であるということを一流と称す者の虚偽表示に続き、猪瀬都知事が一年の締め括りに教えてくれましたね。


職種を問わず、自らの職務に矜持を持って職責を全うしなければなりません。

そして、日本人としての矜持を持って護るべきものは護り続け、生きる努力をしなければ成りません。


若者が、このままではいけないと気付き行動しているのに、気持ちを挫く事件事故ばかりでは日本は亡国の一途を辿るばかりです。


 


石川県護国神社参拝

本日、十二月八日は大東亜戦争開戦の日。


七十二年前、日本の存亡を賭けて、開戦の道を余儀なくされ、結果として多くの尊い命が失われました。


多くの国民が、自らの命を顧みず、故郷や家族、祖国や国民を護ろうとしました。そして、平和を願い後世に託しました。


このような先人達の崇高な精神が礎となって、自分たちの命は今、生かされています。


戦没者の御霊に感謝の誠と哀悼の意を捧げることは国民として当然です。


慰霊することと賛美することは違います。他国にとやかく言われる事ではありません。


そして、先人達がどのような日本の姿を想い描き後世に託したのか、その意を引継ぎ考えることは現代を生きる者の使命であります。


二年前の平成二十三年十二月八日の朝、当時金沢大学の四年生(二十二歳)の学生が石川県護国神社の境内にて、ナイフで自らの腹を十字に切った後、頚動脈を切り、自決するという出来事がありました。


しかし、新聞報道は若者が自殺をしたという事実を僅かに報じるだけで、自殺の背景や意図に言及することはありませんでした。


若干二十二歳の若者が自ら命を絶った場所は、石川県護国神社境内にある清水澄博士顕彰之碑の前です。清水澄博士は金沢市出身の憲法学者で、戦後の新憲法に反対し昭和二十二年九月二十五日、「幽界より国体護持と皇室安泰、今上陛下の御在位を祈願す」という自決の辞を残して、自決されたそうです。


当方は、この出来事を、自決した大学生の心中を鑑み、同世代の学生が中心となって行われている地道な活動により詳しく知ることとなりました。


また、その学生が中心となって昨日七日、石川県護国神社にて慰霊祭が行われました。


実際に現地に足を運ぶことで、混迷する日本の現況に生きる現代の若者と、二年前に亡くなられた若者の死、そして戦没者の心中を鑑みる貴重な日となりました。


また、かつて神社と地域は、年中行事と共に生活を営む中で密接な関わりを持っていました。


そのような関係が時代と共に失われつつある中、大小問わず各地に多々点在する神社の存続が危ぶまれていることを、伝統・文化・精神を継承していう上で、共に考えていかなければならないという現実をみる機会を得ることとなりました。


多くの人たちに純真な若者の活動と、その活動の主旨、心中を知って頂きたく思います。

   
                  
                    


                                     

謹啓


晩秋の候、皆様におかれましては益々ご清祥のことと御慶び申し上げます。
平素は格別の御高配を賜り厚く御礼申し上げます。


昭和十六年十二月八日は、先帝陛下の『開戦の詔書』による大東亜戦争開戦の日であり、今年で七十二年を迎へます。


さて、その開戦の日の七十周年にあたる平成二十三年十二月八日の朝(未明)、当時金沢大学の四年生の学生が石川県護国神社の境内にて、ナイフで自らの腹を十字に切った後、頚動脈を切り、自決をされました。
警察の調べによると、腹部と首に深い傷があり、近くには自らの腹と首を切ったナイフと透明のビニールシートにくるまれた日章旗があったさうです。また、学生は黒のスーツにワイシャツ姿で、靴は脱ぎ揃えておいてありました。


学生が切腹をした場所は石川県護国神社境内にある清水澄(しみづとほる)博士顕彰之碑の前でした。清水澄博士は金沢市出身の憲法学者で、昭和二十一年から最後の枢密院議長を務められました。


しかし、戦後の新憲法に反対をし昭和二十二年九月二十五日、「幽界より国体護持と皇室安泰、今上陛下の御在位を祈願す」といふ自決の辞を残して、静岡県の熱海の海岸で自決された方です。


その博士の碑の前にて自決をされた学生の遺書等は見つかつてをりませんが、平成二十四年十二月二十九日の産経新聞朝刊によれば、学生は金沢大学で安全保障問題のゼミに属し、同じゼミの仲間らに日本の安全保障のあり方について厚く語つてゐたさうです。


学生が亡くなる前年は尖閣諸島をはじめとした領土問題が大きく取り上げられてゐた年であり、自決のかなり前から政府がしつかりとした安全保障政策をとらない事に絶望する発言をしてゐたと言ひます。


かういった事はほとんどのメディアは取り上げることがなかつた訳ですが、私は一大学生が自ら切腹をしてまで何を訴えたかつたのか、また何故学生が死ななければならなかつたのか、さういつた観点から何度も慰霊を石川県護国神社において行ひました。


もちろん、自殺することを賞賛する訳ではありませんし、本来それは否定されなければなりません。


しかしながら、小雨が降る北陸の真冬の気候の中において自決された事を我々は無視してはならないと思ひ、この事件を皆様にお伝え致します。


 また、皆様におかれましては、是非趣旨にご賛同の上、二年祭にあたる十二月、石川県護国神社に御集まり頂ければ幸ひで御座います。


皆様にはご多忙の中、誠に申し訳ありませんが、謹んで御案内申し上げます。


謹白


平成二十五年十一月吉日

国士舘大学政経学部政治学科四年 松田晃平

                         


                                

                  

             

 
                          

      

                                     
  
                

                


山梨民族派団体協議会大演説会

本日11月23日、祝日法の定める勤労感謝の日ならびに、その由縁である宮中祭祀であります新嘗祭に因んだ催しが各地で行われる中、

農業、商業の隆盛に御尽力され、民衆に親しまれたという戦国時代の名将・武田信玄公ゆかりの地、山梨県甲府市では山梨民族派団体協議会の主催による演説会、

「日本と山梨の元気が出る大演説会」が開催されました。




参加者と共に武田神社を参拝した後、会場へと向かいました。

     

  
     



      会場は甲府駅北口、甲府市歴史公園内に設置した特設ステージです。

  
 
  
      
 

    
       

     

     
     
        
   
      

      

         
  
      
                

  
               

            バンド演奏やフラダンスの参加もありました。

           


                     
 

       周辺では、恵比寿様を祀った神輿祭りで賑わっていました。
          
 余談ですが、来年3月31日よりNHK朝の連続ドラマ「花子とアン」が女優・吉高由里子さん主演でスタートするそうです。ドラマは赤毛のアンの翻訳者で知られる村岡花子さんの波乱万丈の人生を描いた物語で、甲府市内でロケが始まったそうです。
来年は益々、甲府市へ観光者が訪れることと期待されます。

日本の伝統文化が色濃く残る甲府市の隆盛を御祈念申し上げます。
                         
                         
                                                  

本日は、御招き頂きまして有り難う御座いました。
山梨民族派団体協議会ならびに参加者の皆様、甲府市の皆様、大変お疲れ様でした。

 


新橋演説会お知らせ

 新橋演説会お休みのお知らせ


本日、11月20日(水)、新橋駅SL広場・敬天新聞社の定例街頭演説会はお休み致します。


当局より年末に先駆け、警視庁愛宕警察署および地元町会・商店会のイベントが行われる為、配慮して戴きたいとの申し入れが丁重にありましたので、年に一度の事ですから協力することに致します。


        



敬天新聞社の街頭演説会は新橋駅SL広場にて、

毎週水曜日午後4時〜7時です。

今後とも宜しくお願い申し上げます。


大日本一誠会創立四十五周年記念

本日11月10日都内にて、大日本一誠会創立四十五周年記念と新会長激励の祝宴が執り行われました。




  


民族派をはじめ各界より多くの方々がお集まりになり、これまで二十年に渡り大日本一誠会の会長として民族派運動に邁進し、ご尽力なさった渡邊謙二先生の功績を労うと共に、仲程通也新会長と新執行部の誕生を祝いました。

ご来賓の先生からは、大日本一誠会の名の通り、これからも誠の一途を辿る民族活動に邁進して頂きたい等、祝辞と激励の言葉が述べられました。


  

   

  

  

  

  

  

 








謹啓

紅葉も色付き秋を感ずる季節、同志諸兄に於かれましてはご清祥の事とお慶び申し上げます。

去る、昭和四十四年六月、万年東一が創立し、大塚稔が継承してまいりました、大日本一誠会々長を平成六年五月より預かり二十年、民族運動の末席を汚す事しか出来ず恥ずかしい思いでおりましたが、激動する国内情勢と近隣諸国との外交問題等々には、若い叡智での対処が必要であるとの想いから、今度、仲程通也を新会長として大日本一誠会創立時からの綱領実現にあたらせる事と致しました。

浅学非才な若い隊員ではございますが、私同様のご指導とご厚情を賜りますよう伏してお願い申し上げます。
                         
                         
                                                       敬具 (大日本一誠会ご案内状より一文を抜粋)





本日は、おめでとう御座います。

大日本一誠会の益々のご隆盛とご活躍を心よりご祈念申し上げます。


拝啓、山本太郎くん

拝啓、山本太郎君



昨日10月31日、天皇陛下、皇后陛下主催の秋の園遊会が赤坂御苑で開かれました。

 

園遊会は毎年春と秋の2回開かれ、芸術やスポーツなど各界の功労者や国会議員、官僚、自治体の首長らとその配偶者の約2千人が招かれる。そして、天皇陛下が功労者達へ直接お声を掛けて労って下さる。

 

ところが、この日、招待されていた山本太郎参議院議員が突然、天皇陛下に手紙を手渡すという極めて無礼な一幕があり問題と成っている。

 

天皇陛下の政治利用では無いかとの批判が相継いで起こっている。


天皇陛下に直訴して、お前は「田中正造」にでもなったつもりか?


山本太郎は園遊会後、国会内で取材に応じ、手紙には東京電力福島第1原発事故をめぐる健康被害などについて書いたとし、「政治利用にはつながらない」との認識を示した。


はあ???

 

反原発を唱え、それを実現したいから政治家になったのだろう?

 

もはや私人ではなく公人になったのだよ。国会議員なんだよ山本太郎君。

 

だから議員として園遊会に御招き戴いたのだろう。

 

反原発を唱えることを第一義に政治家になっておきながら、天皇陛下に反原発を直接申し入れることが政治利用ではないとは道理が通らないだろう。

 

逆に原発推進派の者が、天皇陛下に直接その意を申し入れたなら、お前が一番国会で政治利用だと騒ぐだろう。

 

そもそも東日本大震災以降の天皇陛下のお言葉に耳を傾けていない証拠だろう。天皇陛下が誰よりも東北を心配し、心を痛めていることを大多数の国民は知っている。


お前は国会議員としての自覚が余にも無さ過ぎる。

 

推進か反対かの問題ではないのだよ。そもそも、場所と立場をわきまえろということだ。

 

お前の行為は、モラルが無い個人主義の象徴だ。

 

頭の中が、メロリンキュー芸人のままなのだよ。

 

国会議員になったのだから何かしないといけないというプレッシャーを感じているのか、近頃は何をしても、活動してますというパフォーマンスと捉えられ、批判を受けている。


インターネットを使ってライブ映像を手軽に配信できる「ツイットキャスティング」で活動報告をしているようだが、
10月24日の配信で、秘書から「国会でお昼が出る」と告げられ、「ベクレてるんやろなぁ、国会議員に出す弁当は」と発言した。国会の弁当が放射能汚染されているであろうと「ベクレてる」と揶揄したのだ。国会議員が風評被害を拡散してどうするのだ。

また、10月28日、台風26号で甚大な被害を受けた伊豆大島では、今も尚、行方不明者の捜索や復旧作業が続き、消防や自衛隊やボランティアが懸命に活動しているが、現地にボランティアで出向いた山本太郎は、その様子をライブ映像で配信した際、ラフなTシャツ姿でフラフラ歩き回った末、活動している自衛隊について同行したスタッフと会話したとき、
 「人を殺したいと言って自衛隊になっている人もいるんですかねぇ」「何で災害派遣なのにミリタリーなのか?」と言ってみたり、
アメリカ兵を例に上げ、「底辺の兵士は、生活の為だったり、学校に行けるからとか、資格が取れるからとか、貧困層を兵士にさせる流れがある」「手っ取り早いですもんね、人殺してお金もらえるのは」との暴言を繰り返し、バッシングを受けている。


戦地に赴けば、敵の攻撃を受け、自分の命も危険に晒す。


その覚悟の根底には、故郷や家族を護るという崇高な精神と決心があるのは言うまでも無いだろう。
災害派遣でも、その精神と強い志が無くては務まらない。

 

相手を殺すだけで、自分は何度やられてもリセットできるテレビゲームの世界とは違うのだよ。

 

いったい何が伝えたかったのか?中高の学生がお友達とラインで会話しているレベルだよ。

 

これで視察と称して公費を使われたのでは国民はたまらんよ。

 

批判を受けるのは、山本太郎も、みのもんたも、管直人(元首相)がいう「原子力村の陰謀」でも何でもない。

 

己のモラルの問題だ。

 

道理・条理の判断のつかぬ山本太郎は、国会議員の資質も資格も無いだろう。

 

持論を唱えるのもよいが、過ちを過ちと捉え、それも承知で責任を負う覚悟をもって行動しなければならない。


「田中正造」の志など、アリの糞ほども持ち合わせていないだろうが。


群青忌・お知らせ  

 本日、群青忌のお知らせ











 

安倍首相、靖国神社参拝見送り

 安倍首相、秋季例大祭も靖国神社参拝見送り


安倍首相は、靖国神社で17日に始まった秋季例大祭に合わせ、祭具の真榊(まさかき)を奉納した。中国や韓国との関係改善を考慮し、20日までの例大祭期間中の参拝は見送るとみられる。 
.


安倍首相は、第1次安倍内閣の時、靖国神社の参拝を見送ったことを「痛恨の極み」と述べていたのに。


中国や韓国に配慮というより、

本音では中国との対立を避けたい米国さまへの配慮。

米国が、いわゆる「右傾化」する安倍政権の対応が東アジアを不安定にしてしまうと懸念し圧力をかけてくるから屈したのだ。


同盟は同命の契りではない。協力を保ちながら自国の利益を探る。


敵は本能寺に在り。


全ての発端は、戦後の米国による不条理がもたらしている。


真の主権回復は、靖国神社を参拝することが第一義だ。


日本は、宗教観も死生観も、他国とは全く違うことを先ず理解させなければならない。


靖国神社で抗議と称して立小便するような民族とは違うし、墓を掘り起して死者に鞭打つ国民とも違う。


靖国神社に教祖や教義を求めて日本人は集うのではないし、お布施をもって願い事を叶えに集う訳でもない。


崇高な精神をもって死者を弔ふのが日本国民である。


安倍首相に対し、過去に靖国神社の参拝を見送ったことを「痛恨の極み」としながら、今年4月28日には首相として主権回復記念の日を祝い、再び靖国神社の参拝を見送るという矛盾に猛省を促す。


本日の新橋街頭演説会

新橋街頭演説会


 本日は、天候不順の為、新橋街頭演説会はお休みさせて頂きます。



毎週水曜日、恒例となりました敬天新聞社による新橋駅街頭演説会を
今後とも宜しくお願い申し上げます。






<天災に思う>

東日本大震災から2年7ヶ月。

10年に1度の大型台風上陸。


昨日、臨時国会が召集された。

安倍首相が所信表明を行い成長戦略の実行が問われる国会と位置づけた。

デフレ脱却。そして未だ先行きが見えず不安が募る被災地の復興。

日本が前進するために、一時も猶予の無い課題ばかりだ。



日本のために、頑張らなくては。



天災にて、忘れて成らない自らの所信を省みる。


『敬天愛人「天を敬し人を愛す」と読み、
道は天地自然のものであるから、
「敬天愛人を目的とし、終身克己を以て終止すべし」
という言葉通りに実行する。
人間は、いかに力を持とうとも、自然の摂理や配剤には敵わない。
常に学問をして、天をおそれ敬って、人を愛する心境に到達することが必要です。』


『国士は敬天の思想から天敵を討つことを目標とします。
あくまでも中庸を守り、
国益と国民の権益を犯すものを徹底的に排除することを使命とします。』


(18年前に頂いた社主手書きの『敬天の由来』より)

 

 

 

 


 



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